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05.18  
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04.09  SBP
 ――試合中に、白石のモノマネだけは絶対にしいひん。

「え?」
「せやから、ラケット握ったら白石と小春以外の奴やったらなんぼでもモノマネ挑戦したるけど、自分ら二人のモノマネだけは絶対しいひん、て」
「小春も?」
「小春のモノマネはテニス放れても絶対しいひんぞ」
「……まあそれは好きにしたらエエと思うけど、なんで俺も? 絶頂感じるの嫌なん?」
「ちゃうわアホ。せやなくて、白石の真似はしても誰も気付かん、ちゅーこと」
「……」
「ちなみに褒めとる」
「ぜんぜんそう聞こえへんけどな。ネタとして受けへんっちゅーことやん」
「それくらい癖がないっちゅーことや」
「……そらどうも」
「あと、真似しにくいんも事実や」
「どういうこっちゃ?」
「白石の技は表情のない技、ちゅーたらエエんかな。色のない感じ……まあ基本に色も何もないわな」
「表情のない技……」
「だから癖もあらへんのやろうけどな。得意技の中でも特徴ってあるやん、少し膝が伸びるとか。そこだけでその人のプレイやって分かる部分。それがない」
「……そういうテニスを作ってきたからな」
「知っとる。でもまあ、普通のプレイヤーは白石みたいなことはまずなくて、そういう特徴が残ってるからそこを真似するんやけど。そこがその人の表情、みたいなもんやと俺は思うとる」
「それが俺にはないから、真似し辛いと」
「まあ、聖書のテニスもモノマネやり通せばそういう『感情がない』んも感情としてプレイにでて、モノマネとして成功するかもしれへんけど。分かりにくいもんはウケにくいからな」
「なるほどな。一氏ユウジのモノマネ講座、結構オモロかったで」
「そりゃどうも。まあ、気ィ悪くしたんなら謝るで」
「無用や。自分で選んできたことやし」
「そか、せやったらエエけどもう一つだけ言うとくわ」
「なんや?」
「むかーし、人の真似ばっかりしとる俺に真似も能力のうち、て言うて白石とか皆は笑っとったけど、真似できないもんはできないもんで能力なんやからな」
「……知っとるよ。表情のないテニス……上等やないか、エエ響きや」
「根に持ったんか?」
「いや全く。むしろ絶頂感じとるくらいで」
「なら、もう俺はなんも言わんよ。白石ん特徴は無表情、や」
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04.08  SBP
「部長さんいうんも大変ねえ」
 個性派ばかりの男子テニス部の中でも際立つ女言葉と異質な高い声に、白石は書類から目を離し声の主に顔を向けた。にっこりと微笑む彼の腹を読むだけの能力は自分に備わっていないことを白石は知っていたので、素直に「せやなあ、」と相槌を打った。
「あの人……渡邊センセが二年の俺を部長に選んでくれたんは光栄やと思うけど、正直しんどいこともおおいわ」
「あらやだ、蔵リンたら」
 口元に左手を軽く当てて、僅かに目を見開いて笑う。彼の所作は女性の所作だと白石は思う。彼の言葉や行動、それに思考は白石が持つジェンダーの意識を曖昧にしていた。
「光栄や、なんて心にもないこと言わん方がエエわよ」
 柔らかく微笑む。女性的な振る舞いは彼の雰囲気を優しいものにする。彼の言うことに自分含めた部員の多くが従いがちなのはそのせいもあるかもしれないな、と白石は思った。チームメイト同士として交わすには少しきつい言葉でも、彼が口にすると少し違う感じがする。言うならば、母親だとか姉だとか、年上の女性に言いなだめられる時のような言葉になることが多かった。
 今もまたそうだった。他の誰に言われてもカチンときただろう指摘だったが、彼に言われると言い返せない。白石は力なく二回頷いてから、溜息をついた。
「……なんで俺なんやろうな、勝ちたがってるんは皆一緒なんに」
 彼に対してだけは、他のチームメイトには口に出せないような愚痴をこぼせるということが白石にはよくあった。その原因は、恐らく自分が彼と話す時、彼を同年代の少年とみなしていないからだろうと白石は分析していた。彼の人並みはずれた頭の良さと女らしさがそうさせている。彼と自分の関係は、平等ではないのだと思う。
 白石の愚痴を静かに聞いて微笑んでいる彼の表情を見ると、白石はもう一度溜息を吐いた。こんなこと、今更自分で分析するまでもなく彼は理解しているのだろうと思ったからだ。
「まあ、大変やろうけど蔵リンはやることはやるでしょ。それに、大変なのは蔵リンだけやないわ」
「ん?」
「ウチも変なダブルスの指示出されたでしょ」
「ああ……」
 今年度からテニス部の顧問に就任した渡邊オサムはとにかく変わり者で、前衛的なオーダーを組んだり指示を出したり、それでいて時々セオリー通りの練習をさせたりと、昨年度経験しなかったことをたくさん白石達に経験させていた。小春が同じ学年の一氏とダブルスを組むように指示されたのも今年度になってからだった。
「大変は大変やし鬱陶しいこともあるけどねェ……ちょっと、オモロいわ」
「え、オモロい?」
「オモロい」
 即答されて、白石はやや面食らった。何を言ってもすい、と理解して指示された通りやってのける彼の口から「オモロい」という言葉が発せられたことが不思議だった。お笑いに対して以外で彼が何かを面白がっているところはなかなか見れない。白石は渡邊コーチの選択が、恐らく小春のために正しかったことを感じとり眉根を寄せた。
 渡邊コーチはきっと能力ある人間なのだ。能力のある小春が認めるほどに。
 腹をくくれ、と小春に言われたのだろうと白石は思った。渡邊コーチの選択に間違いはないから、自信を持って部長やってなさい。そう自分に向けて話す小春を一人想像して、白石は小さく笑った。まるで母親が子供に言って聞かせるよう。白石が想像したその様は、とてもではないが平等な男子中学生二人の会話と言えそうになかった。
04.07  SBP

「白石はん、ちょっと…」
「ん、なんや銀。わざわざウチのクラスまで来るとか珍しいやん。どないしたん」
「なに、詮無いことなんやけど。学食に鍋食べに行くんは明日やったな、と確認に」
「ああ、せやで。明日の昼は皆で一日三十食のはりはり鍋定つつきに行くで」
「おおきに、用事はそれだけや。今日は部活がないから直接聞きにきたんやけど、手間取らせてしもたな」
「いやいや、構へんで。……にしても思い出すわ」
「ん?」
「ああ、まだ俺らが一年やった時にも食いにいったやん、はりはり鍋」
「もう少し早い季節やったけどな」
「うん。で、そん時銀が言うとったこと、俺未だに忘れられんくて」
「……わしは何かおかしなこと言うたんやっけ」
「いや、違うて。むしろ俺らには教訓になったとこもあったぐらいや。覚えてへんかな、『最後の鯨肉は誰が食べるん?』ってやつ」
「ああ、それの話やったか」
「俺らってわりと遠慮なしにそういうん食ってしまうこと多かったから……そもそも、そういう言葉が出てくることに俺ら驚いてな。最後の一個残すんが美徳ってのは関東の方の考えらしいし」
「言われて見れば確かに、なんやあの時拍手されたり拝まれたり、異様なまでの反応されたな」
「やって、師範がめっちゃ大人やったんやもん。何やカッコよく見えたから。食堂を挙げての拍手やったよな」
「コッチのあれこれに慣れる前やったから結構戸惑ったんやけどな……」
「はは、せやったね。……しかし、明日は多分銀がああやって尋ねてる暇は多分ないで」
「金太郎はんが居るからなあ……」
「あれ以来俺ら三年はちょっとずつそういうん気遣えるようになったけど、金ちゃんなら今でも多分何も気にせず食うからな……」
「まあ、仲良く鍋を囲めればそれでエエんやけどな」
「せやな。今回はぜんざいとか甘味系やないから財前と金ちゃんが揉めることもないやろうし、平和にいくと信じたいな」
「同感や。それでは、ワシは教室の方に戻るとしよう」
「ああ、じゃあまた明日の昼な! 銀」

04.06  SBP
 今年度の部長が発表されて一週間になるかならないかくらいだった。提案したのは、小石川だった。

「リストバンド?」
 オウム返しに白石が言うと、小石川はコクリと頷いた。部活が終了し、一通り着替えを済ませたところだった。この後部室の外で終礼をしてから解散だ。その後に、四天宝寺のウェアも扱っている最寄のスポーツショップではなく、少し遠くの店へリストバンドを一緒に見に行かないかと小石川が提案したのだった。
「どうやろう?」
「店見に行くんは別にエエけど……小石川のリストバンドそんなヘタってへんよな」
 小石川が普段から使用しているリストバンドを白石は思い出す。毛玉をこまめに取るなどしてよく手入れされている小石川のリストバンドは色の褪せ方もそこまで酷くはなかったはずだ。リストバンドが消耗品であるということは白石も十分承知していたが、こういった物は最後まで使い切ってからでないと新品の購入に踏み切れないのが白石の性質である。そして小石川も似た感覚でいると白石は思っていた。だから小石川の発言が少し不自然に思えていた。
 訝しげな様子の白石をよそに、小石川はテキパキと話をまとめた。
「まあエエやん。決まりやな。ほな、終礼終わったらちょっと付き合うてくれ」
 そう言うと、小石川は一足先に部室を出た。



「よし、コレにしよ」
 小石川が手に取ったのは灰色と白のシンプルなツートンカラーのものだった。白石が普段使っているメーカーの商品だ。小石川の愛用しているところのものではないが、汗拭きの意味合いが尤も強いリストバンドにメーカー毎の差異はあまりないだろうと思ったので、白石は何も意見しなかった。
「じゃあ会計してくるんか?」
「せやな、白石は何か買うもんあったか?」
「んー……今日はパスやな」
「分かった、アレなら先出てくれててもエエで」
 そう言う小石川に白石は首を横に振った。その反応は小石川の予想とは違ったらしく、少し意外そうな顔をした。
「邪魔やないんなら一緒に居るわ。何も買わんと一人で店出るのは気ィ引けるから」
 小石川が一緒なら、連れの買い物に付き合ったという体で居れる。別に店に足を踏み入れたら必ず買い物をしなくてはならないという道理などは存在しないが、そこは気の持ち方の問題である。小石川も理由を聞いて納得すると、お目当ての商品を持って会計に向かった。

 レジ台に商品を置く小石川を左後ろから眺めていて、白石はそこで初めてあることに気付いた。
「二個買うん?」
 自分が傍で見ていたはずなのに、まるで気付かなかった。彼が商品を二つ手にしていたことに。小石川は白石の指摘に、端的に「ああ」と答える。
「二個、でエエんや」
 小石川は言って白石を振り返り、含み笑いをした。普段の彼がなかなかしないような微笑に、白石は小石川に何らかの思惑があることを悟った。それが何かは全く見当がつかなかったし、そもそもその思惑に自分が関与しているかどうかも分からなかったので、白石は何も言わずに小石川が黒い財布から代金を支払うのを眺めていた。




「さて、付き合わせて悪かったな」
 最寄り駅に向けて歩く途中で小石川が言った。白石は彼の腹に一物あると分かってから、今日の彼の発言を反芻していたが、彼の考えていることは想像できなかった。今の些細な一言もその裏を考えようとしたが、裏も何も見つけられなかった。彼が何か企んでいることは確かで、自分が誘われた以上恐らくその企みは自分に関係があることなのに何も解せなくてそこはかとなく気分が悪かった。それでも白石は小石川を信頼していたので、この友人が早く種明かしをすることを願いながら返事をした。
「……ちゅーか、何で俺誘ったん。別にコイシ一人でぱきぱき決断しとったやん」
 そう、そもそも彼が買い物に付き合って欲しいと言い出したこと自体が不可解だった。よく言えば自分の考えを正確に理解し持っていて、悪く言えば少々頑固なところのある小石川が買い物に人を誘うということはまず考えられないことだった。誘われれば断らないのが小石川の性質だったが、彼の側から誘うというのはそういえば今まで見たことがないと白石は気付いた。
「だから付き合わせて悪かったって」
 小石川はあからさまに不機嫌な白石に苦笑しながら、左手に提げたビニール袋の中から先ほどのリストバンドを両方出すと、片方封を破った。封の開いた瞬間新品が持つ独特のにおいが一瞬だけして、あとは分からなくなってしまった。破った包装をビニール袋にしまう。小石川はもう一つのリストバンドを器用に左手で持ちながら、右手にリストバンドを嵌めた。
「似あっとるよ」
 白石は素直に思ったまま言った。この年代の少年が選ぶにはやや渋いと言うか地味と言うか、どっしりと落ち着いた色合いのリストバンドは真面目で少し周囲より大人な面もある彼によく似合っているように見えた。小石川は白石のコメントに「おおきに」とだけ返すと、左手に持っていたリストバンドを白石のほうに差し出した。
「ん、」
「は?」
 差し出されたからには受け取れということなのだろうが、彼にリストバンドをプレゼントされる所以が全く分からなくて、白石は間の抜けた声を出してしまった。
「部長決定、おめでとう」
「ああ……」
 白石は少し顔色を曇らせた。
 白石と小石川は現在二年生だが、白石を今年度の部長として任命すると先週の部活で発表があった。強い三年生もそれなりの数がいる中での発表で、白石ももちろん、周囲がとまどった。正直、白石は不安でいる。任せられたからには仕事はしようと思うが、先輩に指示を出す後輩の役につくことのしんどさは想像に難くなかった。発表から一週間近くたったが、心情はまだ整理し切れていない。
 どう返事をして彼の厚意を受け取ればいいのだろう、もしくは突っ返せばいいのだろう。選択に迷って黙り込んだ白石に、小石川は柔らかい口調で話しかけた。
「……おめでとう、ちゅーより大丈夫や、やな」
「大丈夫?」
 小石川の言葉に少し心が軽くなった気がして、そのことにも戸惑いながら白石が返事をする。
「なんやかんや揉めても俺は白石ん側についたる、っちゅー意思表明と思ってくれてエエんやで」
 ニッと自信満々に笑ってリストバンドを差し出しなおす。白石は少しためらってから受け取った。不安がる自分を慮ってくれた彼がありがたくて、今まだ心に整理をつけきれてない白石は彼を少しだけ頼ることにしたのだ。
「かっこよすぎやろ、コイちゃん」
 冗談めかす口調を意識的に作って笑った。小石川も白石の思うところを察して笑ってくれた。彼の人や空気を察する能力は部の中でも高い。彼と同級であること、彼が自分の味方でいてくれること、そのことを白石は改めて嬉しく思った。

「……おおきにな」
04.05  SBP
「あ、これが噂のかわええ弟くんの写真?」
「うん、そう。……隠し撮りだけど」
「……は?」
「弟と丁度すれ違いが一番酷くてさ、ついに転校するって時にどうしても手元に何か残したくて。テニスクラブまでこっそり追いかけて、撮った」
「……不二クン案外見境ないな」
「あの頃はちょっと僕の方もね……」
「しかし、きれいな写真やね」
「え?」
「構図とか。素人目やけど、背景と弟クンのバランスとかエエ感じやと思う」
「ありがとう。……まあ、若干複雑でもあるけどね」
「それは自業自得やろ。ところで不二クンはなんで写真撮るん趣味?」
「なんでって言われたらいろいろあるけど……一番は二度とはない大切な一瞬を永遠に残すことのすばらしさに惹かれて、だろうな」
「……『大切なものは目に見えない』のに? 目に見える形で大切なもんを残せるん?」
「君に、僕の座右の銘を教えたことがあったんだっけ」
「ウチにデータ収集専科が居るんで、ついでに昔聞いた」
「……君は本当に僕を追い詰めるの上手だね」
「そんな余裕綽々、って顔しながらよう言うわ」
「本当だよ。君ほどスリルを感じる相手は滅多にいない」
「エクスタシー?」
「君風に言うなら、あるいは」
「……まあ、冗談はさておき?」
「……そうだな。目に見えない大切なものを、反芻して感じ取れるような写真を残したくて」
「随分と逆説的答えやな。文章でもカウンターっちゅートコか?」
「はは、じゃあそういうことにしておいて」
「……ま、ええけど。ちゅーか、ケータイにこれ以外の弟クンの写真ないん?」
「裕太のはないね、そっか。僕仲直りした後撮ってなかったんだ」
「まあ、夏は部活忙しいもんな」
「そうだね…。でも、その内撮るよ。君に見せるのにも恥ずかしくない、ちゃんとカメラ見てる裕太。……こんなんじゃなくて、裕太が輝いてる一瞬が、伝えられるような写真」
「ああ、楽しみにしとくわ」
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