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04.11  SBP
 所持品に名前を書く習慣があまりない。書いても苗字を書くだけで、そこから先は書かない。何故ならもし書いたなら――。

「だってクーちゃんに貸してあげられないからね!」
 サインペンを机の上において、脇でテレビを見ている兄をビシッと指を指しても、彼は曖昧に笑うだけだった。嗜めもしない。どんな物言いをしてもある程度許容してくれるのは末っ子の特権だと考えている友香里は、その立場を有効に活用している。好き放題やらせて、言わせてくれる兄が好きだ。
「……ちゅーかゆんちゃん、俺と被ってる教科書半分くらいやろ。それに俺が貸すことがあってもゆんちゃんに借りることは多分ないと思うんやけど」
 新学期が始まって新たに配られた教科書を友香里は卓上に広げていた。新品のそれらに、一つ一つサインペンで名前を書いているところだった。少し丸文字気味の友香里の文字で、クラスと出席番号、それと苗字が連ねられている。
「いーの! クーちゃんが昔どうしても見つからなかった教科書をお姉ちゃんに借りた時ウチは決心したん。書いてあるのが苗字だけなら、姉妹のやって学校でバレることもなくて、クーちゃんはまず恥ずかしい思いせえへんやろって!」
 もう4年近く前の話になる。日曜日の夜に翌日の時間割を揃えていた蔵ノ介が算数の教科書が足りないことに気付いた。整頓された部屋を、心当たりのある場所から手当たり次第に探したが見つからなくて、仕方なく既に小学校を卒業していたが教科書やメールを残していた姉に頭を下げて借りたのだった。余談だが、その算数の教科書は当時隣だった女子の荷物に何故かしら紛れ込んでおり、翌日謝罪と共に地元で人気のお菓子屋さんのクッキーを受け取った。
 そんな一つ上の兄の姿を見てから、友香里は教科書に限らず持ち物に白石、としか名前を書かないようになった。何でも兄と共有できる。自分のものも兄のものも区別なく。――筆跡で兄のものと自分のものとは明確に区別できることは分かっていたが、それでも友香里は自分の下の名前を、兄と共有したいと思うものに書くことはなくなった。   
 また、逆に自身の持ち物だと明確に主張したいものには下の名前をきっちり書くようになった。主に食べ物だ。中でもヨーグルトは白石家では争奪戦の気があるので、お気に入りのりんごヨーグルトにはしっかりサインペンでゆかり、とふたに書くようにしている。

「……はいはい」
 4年前から変な習慣のついた妹にあわせて、蔵ノ介も持ち物には、極力苗字しか書いていない。――万が一友香里が何か失くし物をしても貸してあげられるように。借りた友香里が、恥ずかしくないように。
 それが蔵ノ介の妹に対しての愛で、そのことを知っている友香里はそれを素直に享受している。それが妹の、一応の兄に対する愛情表現だった。こうして白石家には、『白石』としか名前の書かれていないものがたくさん増えている。
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