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05.21  
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04.13  SBP
いつもより少し早めの朝だった。
 新学期が始まって間もなく、まだ完全に日々の生活リズムを取り戻せずにいた財前にはなかなか辛いもののあった早起きも、一週間続くとそれほど苦でなくなっていた。今年度になって初めて、二度寝防止にセットしているスヌーズ機能が作用する前に起き上がることができた朝だった。この分なら、まず朝練には余裕でいけるはずだ。もしかしたら、いつも一番に来て開錠している部長よりも先に着けるかもしれない、彼が何時頃部室に来てるかも知らないけど――。
 財前らしからぬ期待を心の片隅に抱きながら、少し意気込んで玄関を出ようとドアを開けた瞬間だった。

「おはよーさん。何や、案外朝早いやん」

 いつも一番に部室に行って、開錠して、人が来るまで密かに(部員の大半が知っているので密かでもなんででもなかったが)自主練をしているはずの庭球部部長、白石蔵ノ介が爽やかに笑いかけてきた。

「っ……!?」
 居るはずがない人間が目の前にいたことですっかり動揺した財前は、おはようと挨拶を返すことも出来ずに立ち尽くしてしまった。何故彼がいるのか、その意図が分からなくて、ただただ母親や義姉が玄関までは見送りに来ていなくて本当に良かったなどと場違いなことを財前は思っていた。
 そんな財前のリアクションに満足気にひとり頷くと、白石は財前の手を掴んでクイ、と引っ張った。それに引きづられるようにして彼を見た途端一瞬にして吹き飛んだ言葉が漸く戻って来た。
「なんで通学路の欠片も被らん部長がウチの前に居るんすか」
 真っ先に聞くべきだった言葉を時間差で口に出すと、白石は軽く首を左右に振って、子供に言い聞かせるような調子でゆっくりと言った。
「財前、おはよう」
「……おはようございます」
 早朝から後輩の家の前に突っ立って、しかも自分を待っていたらしい彼を問い詰めようとする財前の勢いを、白石は見事に削いだ。財前もわが道を行くというところがあるが、白石はまた少し違った種類のマイペースな人間だった。白石のマイペースは、他人を自分のペースに巻き込むマイペースだ。財前は、たった一言二言会話を交わしただけだったが、この後見事に彼のペースで話が進んでいくところが容易に想像できた。自然、溜息が漏れる。自分のペースが乱されるのはあまり好きではないが、彼相手に抵抗しても上手くいかないことは丸一年の経験上分かっていた。無駄な労力を割くのはもっと嫌だったので、財前は溜息一つ吐いて腹を括った。彼のペースで話が進むのはもう諦めよう。せめて、これ以上隙と言うか、無様な姿を見せないようにしよう。
「……あの、学校行くんすよね」
「ん? どっか遊びに行きたい?」
「はあ?
「いやいや、冗談。朝練せえへんわけにはいかんやろ、やっぱり」
「さいですか」
 うん、と簡単に頷くと、白石は繋いだままだった財前の手を引いて歩こうとした。それに気付いた財前が白石の手を払った。白石は大袈裟に一度肩を上下させると、気分を害した様子もなくそのまま歩き出した。財前も後ろを追う。
「残念、財前くんと手ェ繋げるかと思たんやけどな」
「全然残念そうに聞こえへんのですけど」
「えー、残念やて」
「……ちゅーか、男同士で手ェ繋いで何が楽しいん」
 そもそも白石の感覚や意識は、一般中学生男子のそれと少し離れていることが多い。考えたがりの財前はその理由についても考えてみたことがあったが、結局はよく分からなくなって放棄した。しかし、同世代の男子と離れているからとは言って常識は外れない人なのに、男同士で手を繋いで登校をしたいと言い出した訳は解せなかった。彼が恐らく一番仲がいいと思われる謙也とも、一緒に全力疾走して校門に飛び込んでくることはあれども手を繋いで歩くところなんてみたところがない。何で俺と手を。そもそも何で俺の家の前で待機を。よく分からないことが積み重なり始め、財前は気持ちが悪くなってきた。
 そんな財前の内情は露知らず、白石はカラリと晴れやかな笑顔で答えた。

「楽しいちゅーか、俺の誕生日プレゼントに」
「……はい?」
 よく分からないことがもう一つ重なった。財前は反射的に去年の同時期のことを思い出そうとしたが、そのころはまだ部活の見学期間で、正式に彼とかかわりがあった時期ではなかった。そういえば昨年度、彼の誕生日が祝われているのを見た覚えがない。それで初めて財前は気付いた。そうか、彼が言ったとおり今日は――。
「……あの、誕生日おめでとうございます」
「うん、おおきに」
「それで…何で部長の誕生日に部長が俺の家に居ったんすか。逆ならまだしも」
 最初に曖昧にされたまま、彼が今日財前の家の前で待機していた理由は教えられていなかった。彼の誕生日であることとは少なくとも関係がありそうであったが――プレゼントが、何だって?
 疑問をたくさん抱えた財前に、白石は嬉しそうに微笑むと、一つ一つを語り出した。

「今日を、特別な誕生日にしようと思うて」
「トクベツ?」
「うん。後々ちゃんと思い出せるような。15歳の誕生日は、ああやった、って」
「……15歳限定なんすか」
「限定。15の誕生日って何の意味も持たないやん? 14なら刑務所入れるようなるし、16ならゲーセンとか居れる時間延びるけど。15ってなんもない、特別やない誕生日」
「はあ」
「普通の誕生日は、普通に思い出さなくなるし、思い出せなくなると思わへん?」
「……考えたこともないですわ」
「俺も昨日までなかった。でも昨日突然そう思いついて、夜中になんとなくさみしなってな」
 予想もしない言葉が彼の口から出てきて、財前は驚いて少し声が大きくなった。
「さみしい?」
「うん。それでちょっと考えて、財前と一緒に登校しようと思うたん」
「おれ、と」
「そう、自分と」
「……なんで俺か聞いても?」
「財前は、二年やから」
「そんだけ?」
「そんだけ、っちゅーこともないけど…4月14日を一緒に過ごした数は、3年の連中より一回少ないやろ?」
「まあ」
「せやから、一回足りひん分をカバーできるぐらい特別で意味のある誕生日を財前と作ろうと思て」
「……で、後なにか俺とする気なんすか。まさか一緒に登校して終わりーなんて言わんでしょ」
「お、サービスしてくれるん?」
「あんな話されたあとで正直年上の人邪険にしにくいっすわ。知ってたけど、案外部長そういうとこズルい」
「……せやからね、俺ちょっと手ェ繋ぎたいねん」
「……まあ、ああ言った手前ちょっとは付き合いますけど、先輩キモいっすわ。何であえてそれ?」
「今年のプレゼントは、形に残せないものをねだる、がテーマやねん」
「形に残せないもの……」
「感覚に頼るものな。せやから俺は財前の『温度』をもらおうかと思っててん」
「また妙なもの所望しますね」
「エエのエエの。メールとか手紙とかの形に残るものもエエんやけど、証拠のない……言ってしまえば記憶だけが残るんがエエの。そうしたら忘れないし、ずっと覚えていたいと思うやろ」
「俺と、朝っぱらから手ェ繋いで登校した時の、俺の手の温度?」
「せや。……絶対忘れへん誕生日やで、でもって財前にも忘れられん日になる。言ってみればエクスタシーバースデーや!」
「変態の先輩に手ェ繋がされた日っと」
「抱きしめられた日、よりはマシやろ?」
「それで更新される日が来ないことを祈りますわ」

 はあ、と一つ溜息をついて息を整えると、財前は一度振り払った手を自ら取った。彼の手のほうが自分のものよりも少し温かくて、それで財前も白石の温度を覚えた。この分では彼だけでなく自分まで彼の温度を覚えてしまいそうだ。なるほど、これは確かに一生忘れられない日になりそうだった。
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