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04.14  SBP2

#ダブプリ白石×梓真を含みます それと去年のとがちょっと関連。

 放課後、部室に向かおうと鞄を持った瞬間にポケットの中の携帯が震えた。止まないバイブ音にそれが新着メールではなく着信の知らせであることを悟る。教室の中は放課になったばかりで人が多かった。白石は肩にかけるところだった鞄を机上に置き、ズボンのポケットの中の携帯を掴みながら廊下に出た。
 開いた液晶が示す名前に思わず口元が弛む。ざっと十時間戻せばいいから、海の向こうは今頃朝の五時過ぎだ。この計算ももはや習慣になっているから、反射だけで出来る。早起きはいいことだと思いながら、通話ボタンを押した。

 もしもし、と言おうとした瞬間、向こうで息を吸い込む音が聞こえて笑ってしまった。ああ、表情が眼に浮かぶよう。
「白石さん17歳おめでとうございます!」
 勢いのある声が聞こえてきて、胸が満たされるような心地がする。こみ上げてくるというよりは、くすぶっていたものが弾けて一面に広がっていく感覚。自然に言葉が口をついて出た。
「エクスタシー、やんな。おおきに、嬉しいわ」
「私もです! 去年のこの日からずっと決めてたんです。今年は私から電話かけて、白石さんをびっくりさせるんだって!」
「はは、でも俺はなんとなくキミから電話くる気ィ、しとったよ」
 彼女の負けず嫌いを、ダブルスパートナーとして隣に立ったあの二ヶ月間で見てきている。白石が彼女の体力や能力を考慮して、少し余裕のある練習を組むといつも「まだやれます!」と食らいついてきた。試合で1ゲームとられようものなら、動揺もしたけれどそれ以上に悔しがってさらに相手の技を見抜こうと目を光らせていた。
 そんな彼女に、わざわざ東京まで出て行って電話をかけた日から今日で丁度一年になる。白石は去年の誕生日、自分へのプレゼントのつもりで日帰りながら東京に赴いた。この特別な日に、彼女とテニスがしたかったから。彼女と出会ったあのコートで、試合をしていたときのように会話を交わしたいと思ったから。
 だから、彼女が2月の自身の誕生日に全く同じようにして電話をしてきたときには感動した。誕生日にあげたものと、同じものをわたしにもください、という彼女の口上を、白石は今でも思い出せる。
 そして負けん気の強い彼女は、今年も同じものを送るというのでは気がすまなかったのだろう。そんな風に動く彼女の思考はなんとなく想像がついていたので、白石は「話がしたい」と電話をせずとも、今年は彼女のほうから連絡があるだろうと予感していた。だからこそ今年は、青春台のコートには脚を運んでいない。これが今年の賭けだ。彼女が知らない、白石蔵ノ介高校二年生の環境に、彼女がなぐりこんで電話をしてくるか。今年も賭けは勝ちだ。
「そうなんですか? なんかちょっと照れます。でも私だって白石さんのことはお見通しですよ」
「へえ?」
「今、私の誕生日にも、同じように電話しようと思ってますよね?」
 疑問調なのに、どこか確信のある口ぶり。白石と彼女が同じ空間を共有したのは結局のところ2ヶ月あまりだ。決して長くはない。それなのに顔の見えない電話越しでも考えが伝わってしまうのは、なぜだろう。彼女には到底、かないそうになかった。
「さすがは俺のパートナーやんなあ」
「ふふっ、もちろんです。……ねえ白石さん」
「なんや?」
「結局私がアメリカに来てから白石さんとペア組めてませんけど、けどそれでも、私まだ直接会ってもいない17歳の白石さんとだって、息ぴったりのダブルスできるって、思ってるんです。だから今はまだ帰国できないですけど、……待っててほしいんです」
 最後の一言に、不覚にもドキリとした。それまでのハキハキとした言葉と打って変わったような、しおらしい声だったせいもある。転校が決まったと半泣きの顔で白状したあの日のような声。まだ向こうは夜明け前だろうから、話しているうちにへんに感傷が生まれてきたのかもしれない。泣いてはいないだろうかと、それだけが急に不安になる。いつもにこにことしているだけに、彼女の異変は辛いものがある。
「……大丈夫か?」
「え、なにがですか?」
「いや、……ええわ。何でもあらへん。待ってるに決まってるやろ? 俺も信じとるわ、15歳のキミやって、16歳のキミやって俺の唯一無二のパートナーやって。せやから安心し」
「ありがとうございます。……はあ、17歳の白石さんを応援しようと思ってたのに、へんなこと言っちゃってごめんなさい」
「気にしなや。……さみしいときはさみしいで、エエんやで」
「……ちょっとさみしいです。16歳の白石さんとは結局、テニスできなかったし。ちょっとずつ私が会ってた白石さんから成長して遠くなっていくみたいな感じがする」
「……おおきに。今年もなかなかなプレゼントやったで」
「え? プレゼント?」
「さみしい、て言うてくれたら、キミに大丈夫やって言ったれるやろ? それでキミが安心してくれると俺も嬉しいんやけど」
 彼女と一度仲たがいをしかけた時、自らの包容力のなさを白石は呪った。転校が決まり不安定だった彼女を、心配はできてもやさしくしてあげることができなかった自分。後に彼女の事情を聞いて、白石は下唇を噛むような思いをした。自分の子供さが歯がゆかった。悩みや苦しみを、抱え込ませてしまった自分が。そんな自分が当時から2年近くたった今、彼女のさみしさを包んであげられる存在になっているとしたら。それほど嬉しいものもない。
「なんだか、不思議です。本当に、落ち着いてきちゃった。白石さん、お陰様でほっとしました」
「ああ、そら何よりやわ。大丈夫、俺は待っとるから」
「ありがとうございます、それじゃあ、また連絡しますね!」
 ぷつりと切れた通話音を確認して、白石は携帯を閉じる。さみしいと言った彼女の声が脳裏でもう一度響いて、白石は一人苦笑した。

(……本当にさみしかったのは、俺のほう)

 そして本当の彼女からのプレゼントは、電話をかける回数を増やす口実かもしれないな、と白石は思った。

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